大判例

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仙台高等裁判所 昭和28年(ネ)463号 判決

控訴代理人は「原判決を取消す。青森県農地委員会が昭和二十三年五月二十六日なした、別紙目録記載の農地につき東目屋村農地委員会の定めた買収計画に対する控訴人の訴願を棄却する旨の裁決を取消す、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、

一、控訴人は昭和二十年十一月二十三日当時は本件買収農地所在の地域内に控訴人の住所を有していた。

控訴人は大正十二年四月以来青森県下で小学教員を奉職し、昭和二十年十一月二十三日当時は同県南津軽郡新屋小学校(同校と控訴人の右住所との距離は約四、五里)に勤務していたが、昭和二十一年三月三十一日依願退職し同年四月九日当時控訴人の母、弟、姪等の居住していた控訴人の前記住所に立戻つた。しかし元来控訴人は農業者であり、控訴人家は先祖の代から農を家業としていたので控訴人は右教員勤務の傍ら夏冬の休暇は勿論、公務に差支ない限り日躍、祭日等をも利用して右住所に帰り農事働きや農業用肥料の配給、親族その他の交際、家事の整理、部落税金負担金の納付等家政一切を処理し、恰も終始右住所に居住していると何等変りなく住所の主宰者として生活しているのである。尤も控訴人は前記新屋小学校勤務中は妻子と共に同校の住宅に居住していたが右は小学校教員としての住所で農業者としての住所とは別個に存在していたのである。従つて東目屋村農地委員会が本件農地を不在地主所有であるとして買収計画を樹立したことは違法である。

二、控訴人は昭和二十一年三月三十一日退職帰家したが、従来支給を受けていた給料は支給せられず、将来受くべき恩給は少額で、従来耕作して来た農地も僅少のため著しく生活の脅威を受け、小作人等より低い生活をすることとなつたので、控訴人は本件農地の小作人等との間に締結してあつた退職帰家するときは直に本件農地を控訴人に返還する旨の特約に基きその返還を請求したが、同人等は控訴人が右農地を自作するにあらざれば到底生活し得ないことを熟知しながらこれを返還せず、却つて遡及買収の申請をしたものであるから、その申請は自創法第六条の二第二項第二号及び同第四号に該当し従つて本件農地の買収は許されないものである。と述べ、被控訴代理人において控訴人がその主張の頃小学校教員となり、その主張の頃依願退職し、右退職後現住地に立帰つたこと、はいづれも争わないが、控訴人が現住地に帰つた時期は不知、その他の事実は争う。と述べた外は、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

(証拠省略)

三、理  由

青森県中津軽郡東目屋村農地委員会が昭和二十三年一月六日別紙目録記載の控訴人所有の農地につき同目録(一)の農地の小作人江利山作太郎、同(二)の農地の小作人西沢和次郎の申請により昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基き不在地主の小作地としていわゆる遡及買収計画を樹立し同日これを公告したこと、控訴人がこれを不服として昭和二十三年一月十四日東目屋村農地委員会に異議を申立てたが、同月二十日却下されたので更に同月二十八日青森県農地委員会に対し訴願したところ、同委員会は同年五月二十六日訴願棄却の裁決をなし、同裁決書が同年七月二十日控訴人に送達されたことは当事者間に争がない。

そこで先ず第一の争点である前記買収計画における昭和二十年十一月二十三日の基準時当時控訴人が本件農地の所在地である中津軽郡東目屋村に住所を有していたか否かの点について案ずるに、控訴人が大正十二年四月以来青森県下で小学教員を奉職し、昭和二十一年三月三十一日依願退職して帰村するまでの二十数年間引続き教職にあつたことは当時者間に争がなく、成立に争のない乙第一乃至第三号証に原審証人三上金作、三上貞吉、三上忠太郎、西沢藤三郎、江利山タキ、江利山作太郎の各証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果を綜合すると、控訴人は右東目屋村で出生し、父文作は同村で家屋を所有し畑二反歩と別紙目録記載(一)(二)の本件田地を含む田地七反六畝十四歩を自作していたが、昭和六年頃死亡したこと、父文作死亡後も数年間は継母タキにおいて右畑及び田地を耕作していたが、その後控訴人は右田地の内四反一畝二十六歩を訴外三上鉄五郎に、残りの三反四畝十八歩を訴外三上金作に賃貸小作させたこと、三上鉄五郎は昭和十五年頃まで、三上金作も同年頃まで耕作して夫々これを控訴人に返還したので、その後は右三上鉄五郎の耕作していた四反一畝二十六歩を江利山作太郎に、同三上金作の耕作していた三反四畝十八歩を西沢和次郎に各賃貸小作させていたこと、田地以外の畑地は耕作名義人を控訴人として農業会等に届出て、その耕作並びに留守宅の管理は継母タキ、弟尾治(タキの子)及び姪等に託して控訴人は固より控訴人の妻子等においても単に夏休等に帰る程度でただの一度も同地に移り住んだことがなかつたこと、昭和十九年四月以降退職までの間は当時の勤務地である南津軽郡新屋小学校の住宅に妻子と起居を共にし、同所で諸物資の配給を受け村民税を納付し、選挙権を行使していたこと、昭和二十一年三月三十一日同校を依願退職して同年四月九日地元東目屋村に転入手続を了し、家族と共に継母の住んでいた住家にすまいするに至つたことが認められる。当審証人西沢藤三郎の証言及び当審における控訴人本人の供述中右認定に反する部分は前記各証拠に対比して輙く措信し難い。しかして以上認定の事実関係に徴すると昭和二十年十一月二十三日当時における控訴人の生活の本拠は教職上の勤務地でありかつ家族と起居寝食を共にしていた右新屋小学校の所在地であつたものと認めるを相当とすべく、従つて控訴人は昭和二十年十一月二十三日当時東目屋村に住所を有していたとはいわれないのである。

尤も原審証人三上貞吉、原審及び当審証人西沢藤三郎の各証言並びに原審及び当審における控訴人本人の供述によれば、控訴人は東目屋村にすまいする以前から控訴人名義で同村農業会から肥料の配給を受け、同村での村民税を除く各種の税金を納付し、冠婚葬祭等の諸通知を受けていたことが認められるが、これ等の事実は前段認定の事実と相俟つて考察すると控訴人がその継母等の住んでいた東目屋村の家宅においてその家の形式上の主宰者として取扱われていたために外ならないものと認められるから、右事実は控訴人の住所が東目屋村にあると判定する根拠となし難く他に前段の認定を覆すに足る証拠はない。然らば本件農地買収の基準時における控訴人の住所が東目屋村にあることを前提とし、右買収計画の違法を主張する控訴人の請求は失当である。

次に第二の争点である小作人等の本件遡及買収の申請は自創法第六条の二第二項第二号及び同第四号に該当する不当の申請であるか否かの点について案ずるに、原審証人三上金作の証言及び同証言によりその成立を認める甲第三号証、当審における控訴人本人の供述及び同供述によりその成立を認める同第二号証に原審証人三上忠太郎当審証人西沢藤三郎の各証言を綜合すると控訴人は本件農地を前記江利山、西沢の両名に対し控訴人が小学校教員を退職帰村したときは何時でも返還する特約のもとに貸付けたものであること、及び昭和二十一年四月九日退職帰村してから右両名が本件農地買収の申請をするまでの間に同人等に対し夫々右特約による賃貸借満了を理由としてその返還を求めたことを各認めることができるが、右賃貸借が控訴人の退職帰村と同時に何等の通知を要せずして当然に終了する旨の約定は当時施行の農地調整法第九条第四項にいわゆる賃借人に不利なる小作条件としてかかる定めがなかりしものとみなされるから、右賃貸借は控訴人の退職帰村の事実によつて当然には終了しないものというべく、そして控訴人において当時更新の拒絶その他同法所定の手続により賃貸借を終了させたことについての何等の主張立証をもしないのであるから右賃貸借は控訴人の退職帰村と同時に期間の定めない賃貸借として存続するに至つたものといわなければならない。従つて小作人江利山、西沢の両名がその小作地を退職帰村した控訴人に早速返還することをしないで、却つて遡及買収の請求をしたことを目して信義に反する請求であるというは妥当を欠く、しかして原審証人三上重右エ門、江利山作太郎原審及び当審証人西沢藤三郎の各証言並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果を綜合すると、控訴人は前記認定の畑二反歩と江利山、西沢の両名に小作させていた合計七反六畝十四歩の田地以外には見るべき資産がなく、教職を退いてからはこれを耕作して農耕による収益と僅かの恩給によつて生活を維持する考のもとに帰村したことが認められるが、一方江利山作太郎の当時の耕作田地は控訴人からの小作田地四反一畝二十六歩を含めた約五反歩、畑地も二反歩前後(後には開墾畑を含めて三反九畝歩余りとなる)を耕作しているだけであつたこと、西沢和次郎も控訴人からの小作田三反四畝十八歩を含めた四反四畝歩位と畑地約一反八畝歩(後には開墾畑を含めて約七反歩となる)を耕作していたに過ぎないこと、いずれも専ら右の各耕地を耕作することによつてその生活を維持していたこと、従つて右両名としては控訴人からの小作地返還要求には容易に応じ難いところであつたが、昭和二十二年三月中三上重右エ門等の勧告により控訴人の苦境を察して各控訴人からの賃借地中一反歩宛を返還し、爾来控訴人においてこれを耕作していること、江利山、西沢の両名は右返還した各一反歩を除き別紙目録記載(一)(二)の各田地につき本件買収申請をしたものであること、控訴人は右二反歩の返還を受けたことによりその経済状態は江利山、西沢等のそれと略均衡を得るに立至つたことがそれぞれ認められる。右認定を妨げる証拠はない。以上認定の事実関係に徴すれば小作人江利山、西沢の両名としては地主たる控訴人の立場を考え譲り得るところは十分に譲つた上での遡及買収請求であつたことが推認できるから、これを目して信義に反する請求であるというを得ない。控訴人は更に右の買収請求は同条同項第四号にも該当すると主張するが、同第四号は当該農地の所有者又はその承継人が昭和二十年十一月二十三日以後において現に耕作の業務を行う場合においてのみ適用のある規定であるから、控訴人において右基準時以後本件農地を耕作した事実のない本件においてはその適用なく、従つて控訴人の右主張は主張それ自体失当として排斥を免れない。

然らば小作人等の買収申請が自創法第六条の二第二項第二号及び同第四号に該当するものであるとして本件買収計画の違法を主張する控訴人の請求は失当である。

されば控訴人の本訴請求は失当として棄却を免れなく、右と同旨に出でた原判決は結局相当であり本件控訴はその理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋雄一 蓮見重治 佐々木次雄)

(目録省略)

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